かつて「スーツ」は、社会人になった日に袖を通す”制服”だった。ところが今、20代・30代の間では、その定義が静かに書き換えられている。キーワードはセットアップ。スーツとの違いは何で、世代によってどう受け止め方が変わるのか。カジュアル化の現在地を整理していこう。
CHAPTER 1|スーツとセットアップ、何が違うのか
構造だけ見れば、両者に決定的な差はない。上下を同じ生地で揃えたジャケットとパンツという点は同じだ。違いは設計思想にある。
- スーツ:「きちんと見せる」ことが目的。構築的な肩パッド、芯地、フォーマル前提のシルエット
- セットアップ:「ラクに整う」ことが目的。軽い仕立て、ストレッチ素材、単品でも着回せる前提
つまり、スーツが「社会に合わせて着る服」だとすれば、セットアップは「自分の生活に合わせて着る服」と言えるだろう。
CHAPTER 2|20代”気軽さ”が選択を決める
20代にとってのセットアップは、手に入れやすさと扱いやすさが最大の魅力だ。
量販系のブランドでは、モード感のあるきれいめカジュアルの人気セットアップが1万円以下で買えることから、20代〜30代の支持を集めているという。初任給で何着もスーツを揃えるのは現実的ではない世代にとって、この価格帯は大きな後押しになる。
素材面でも進化は著しい。市場には、ストレッチ性のあるテーラードジャケットとテーパードスリムのスラックスを組み合わせた薄手のセットアップが並び、春から秋口まで着回せて、タイトな作りでもストレスなく動けることが売りにされている。
20代の典型スタイル
- ネイビーやグレーのセットアップに白Tシャツ、スニーカー
- 上下を別々に使い、ジャケットはデニム、パンツはニットと合わせる
- 結婚式の二次会から平日の通勤まで、1着でこなす
CHAPTER 3 30代”質感と余裕”への移行期
30代になると、同じセットアップでも選ぶ基準が変わってくる。価格を抑えることより、生地の上質さと着心地に重きが置かれ始める。
実際、オンオフを問わず「上質で心地よい時間」をコンセプトに、機能的でストレスフリーな素材を追求するブランドのセットアップは、30代〜40代から人気を集めているとされる。同じカジュアルでも、「安くラク」から「上質でラク」へという質的な転換が、この世代の特徴だ。
30代の典型スタイル
- 無地でシンプル、ただし生地の表情に深みのあるセットアップ
- ノーネクタイでも”だらしなく見えない”サイズ感の追求
- 靴はレザーのローファーやドレススニーカーで品を保つ
CHAPTER 4 カジュアル化を支える”機能”の進化
見た目の変化以上に、この潮流を後押ししているのが機能面の進化だ。
細身の都会的なシルエットでありながら、内ポケットにパスポートや手帳を収納できる大容量ポケットを備え、出張はもちろん、ちょっとした外出なら手ぶらでも行けるジャケットも登場している。前回の「持ち物の変化」でも触れた、”軽く、少なく、一つで完結する”という価値観が、服の設計にも反映されているわけだ。
また、スーツの専門ブランドでも、麻調の高機能素材を使ったドライタッチのセットアップが展開され、ジャケットとパンツは単品でも購入できるため、着こなしの幅が広がるという。「セットで着ても、バラして着てもいい」という柔軟性が、いまの標準仕様になりつつある。
CHAPTER 5 カジュアルでも”崩れない”ための3原則
カジュアル化が進むほど、ラクさと”だらしなさ”の境界線は曖昧になる。編集部が考える鉄則は次の3つだ。
① サイズ感だけは妥協しない
素材が柔らかいぶん、サイズが合っていないと一気にくたびれて見える。肩幅と着丈の確認は必須だ。
② インナーは”清潔感のある無地”
Tシャツやカットソーを合わせる場合は、首元がよれていない上質なものを。ここが緩むと全体の印象が崩れる。
③ 足元で”きちんと感”を補う
スニーカーを合わせるなら、白やレザーなど、シンプルで手入れされたもの。靴の状態が整っていれば、全体が引き締まる。
CHAPTER 6 それでもスーツが必要な場面
カジュアル化が進んだとはいえ、スーツの役割が消えたわけではない。
- 就職活動・転職面接
- 契約や謝罪など、重みのある商談
- 冠婚葬祭(特に葬儀・格式ある式典)
- 保守的な業界との初対面
こうした場面のために、1着だけは本格的なスーツを持っておくのが現代の賢い持ち方だ。セットアップは日常、スーツは”ここぞ”の場。この二層構造で考えるのが、今の20〜30代にとって最も合理的な選択だろう。
EDITOR’S EYE 編集後記
20代はセットアップで”気軽に社会へ踏み出し”、30代はその延長で”自分らしさを深めていく”。スーツからセットアップへの移行は、単なる装いの変化ではなく、「服に自分を合わせる時代」から「自分に服を合わせる時代」への転換を象徴している。
ただし、ラクになるほど、細部への気配りが差になるという逆説も忘れてはならない。型にはまらないからこそ、清潔感とサイズ感という基本が、その人の品格を決める。カジュアルとは”手を抜くこと”ではなく、”力を抜いても整って見えるように、見えないところで手をかけること”なのだ。
